小さなことを気にするあなたへ。

たとえば神様がいたとして、神様にも”偶然”は訪れると思いますか? きっと神様は空より高い場所からすべてを見ていて、過去も未来もなんでもお見通しの感じがしますね。すべての成り行きがもし全部わかるなら、”偶然”という言葉は神様にはないのかもしれません。起こることが全部わかるのだから、当たり前ですね。

以前。嫌なことがあったり、行き詰ったりした時に、空を見上げました。僕の頭の中では、それこそ神の視点で自分を見下ろして、自分の悩みのちっぽけなことを感じて、少し気持ちが楽になりました。不思議です。そういう時には、いかに自分が小さなことにこだわり、気をとられていたかがわかります。スマホの地図でズームインしたりズームアウトしたりするのに似ていて、心にも拡大・縮小の機能があるようです。

僕はたまにひとりで近くの銭湯に行きます。ひとりで行くと話す相手もいないので、いろいろなことを考えます。「上がったらビンの牛乳飲もう」から始まって、「家の更新、次いつだっけなあ」になり、「友達が結婚したなあ、僕は結婚するのかなあ」に至り、最後には「60歳になったら何してるかなあ」くらいまで思考が広がります。牛乳ビンから人生全体へ、まさに拡大・縮小です。

銭湯ではこういうことができるのに、いざ窮地に立たされたり、感情的になったりすると、これができなくなりますね。そういう時には空のような存在が欲しいものです。心を広く伸ばす、ストレッチしてくれるような存在。

大きいことは良いことです。ただ、空に糸通しはできません。逆に、小さいことは良いことだけど、蟻の足では大陸をまたげません。拡大・縮小、どちらも適度に出来るのが良い。

小さなことを気にして、どうにも前に進めないあなたへ。渇を入れます!